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ブレインワイズ 目次

ブレインワイズの目次です。

 1章 

1部 形而上学
 2章 形而上学とは
 3章 自分とは何か(前半) (後半)
 4章 意識(前半)(後半)
 5章 自由意志

2部 認識論
 6章 認識論とは
 7章 表象する脳
 8章 学習する脳


ブレインワイズを読み終えて

ブレインワイズ―脳に映る哲学 ブレインワイズ―脳に映る哲学
村松 太郎、P.S.チャーチランド 他 (2005/12)
新樹会創造出版
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2006.05.23 | | Comments(0) | Trackback(0) | ブレインワイズ

ブレインワイズを読み終えて

率直に言ってブレインワイズは一読の価値ありです。とくに神経科学を志している(私みたいな)学生は読んでおいて損はないでしょう。

著者パトリシア・チャーチランドは消去主義を主張する哲学者の一人ですが、この本では哲学的な話は多くなく、どちらかというと神経科学のレビューをしています。レビューしている内容の中には、一般向けの脳科学の本ではあまり取り扱われないけれども重要と思われるものがあります。例えば、Wolpertのエミュレーターの話とかSchultzの報酬予測の神経細胞の話とか、個人的には幾分馴染みのある話ですが、一般向けにはあまり紹介されていないものなのではないでしょうか。
それだけではありません。随所に、神経科学の結果を省みない哲学者への批判と、神経科学とそれに従事する科学者は如何にあるべきかという戒めの言葉があります。どんなポリシーで研究に臨むべきかということが書かかれてある神経科学の本は、私の知っている限りありません。その意味でブレインワイズはとても親切な本です。

1章から8章まで一通り要約しましたが、すべてのトピックついて書いたわけではありません。興味をもたれた方はぜひ読んでみて下さい。


この調子で本の紹介をしていくと、年に数冊しか紹介できなくなってしまいます。次回からはもっと肩の力を抜いて、その日その日に読んだことで重要だと思われる点や疑問点だけを載せていこうと思います。

2006.05.22 | | Comments(2) | Trackback(0) | ブレインワイズ

ブレインワイズ 8章

ブレインワイズのレビューも今回が最後、
「8章 学習する脳」です。

8章のテーマは「知はどこから来るのか」。7章ではすでに獲得された知がどのような神経基盤、構造を持っているかだったが、8章はその知がどのように獲得されるかについてである。

従来、先天的な知と後天的な知があると考えられてきた。しかし、分子遺伝学の進歩によって、そのような二分法は適切でないことがわかってきた。なぜなら、学習は遺伝子と環境の両方の影響を受けているということがわかったからである。

神経系の情報貯蔵
学習はどのように起こるのか。それはシナプス結合強度の変化によるものだ。つまりそれは前シナプスニューロンが後シナプスニューロンを発火させる確率の変化である。これを1949年に心理学者のヘブが次のように記した:

「神経細胞同士の関連した活動があれば、シナプスの結合は強化され、関連した活動がなければ弱化される」(ヘブの法則)。

神経細胞の変化は、発達早期においてはヘブの法則に従わない可塑性があるらしいが、生後の学習の多くはヘブの法則に従うという。

ではどのような学習のモデルを研究するのが良いのか。人間の行っている複雑な学習を研究するのが良いのか。いや、動物で実験できる単純な型の学習から始めた方が、神経細胞レベルの研究を行えることもあって、結局近道となるはずだ。そもそも、いかに洗練された学習といえども、単純な学習から変化したものにすぎないのは明らかだ。

甘い蜜ー正の強化学習とドーパミン
ミツバチは、効率よく最小の努力で最大の蜜(報酬)を得るように行動している。これを正の強化学習のモデルとしてRealが研究を行った。Realは黄色と青色の造花を作り、すべての青色の花に2マイクロリットルのブドウ糖を入れ、黄色の花の3分の1には6マイクロリットルのブドウ糖を入れ、のこりの3分の2の黄色の花には何も入れなかった。つまり、黄色の花から報酬が得られるどうかは不確実であるようにした。この状況ではミツバチは、当初は色の区別なく次々といろんな花にとまったが、すぐに85%は青色の花にとまるようになった。
黄色の花のうちの3分の1のブドウ糖を6マイクロから10マイクロリットルに変えて同じ実験をすると、ミツバチは黄色の花にとまる率がやや高まった。さらに黄色の花の期待値を十分高くすると、青と黄色に同じ確率でとまるようになった。「つまり、ミツバチは報酬のパターンを学習し、行動を変容させているのである」。
Hammerはミツバチの脳内に報酬に関連する神経細胞(vum細胞)を発見した。この細胞は、たとえば、ある特定の匂いがブドウ糖と関連していれば、匂いだけに反応するようになるのである。この細胞はMontagueのシミュレーションにより予測エラーに関連していることが明らかにされた。

サルにも報酬の予測に関連する細胞があることがSchultzによって発見された。この細胞はドーパミンを放出する。ドーパミンは他の神経伝達物質に対する神経細胞の興奮性を調節すると考えられている。この細胞はただ報酬が与えられたときに活動した。そして、報酬の前に条件刺激を出してから報酬を与えるようにすると、条件刺激の直後に反応を示して、報酬の直後には活動を示さなかった。さらに、条件刺激を出して期待される報酬を与えないと活動がとても弱くなった。

陳述記憶と海馬
陳述記録とは、出来事や事実など言葉で伝えることができる記憶のことである。自転車に乗る、ネクタイを結ぶなどの技能の記憶は手続き記憶と呼ばれ、非陳述記憶である。
H.M.という患者はてんかんの治療で両側の側頭葉中部切除の手術を受けた。これによってH.M.は一分前の出来事も思い出すことができなくなってしまった。しかし、幼少の記憶は正常であった。モントリオール神経研究所のMilnerは、H.M.の記憶障害は新しい事についての陳述記憶のみが損なわれており、手続き記憶は正常あることを明らかにした。H.M.は海馬が失われているので、海馬が新しい事物の陳述記録に必要であるという仮説が考えられる。

Morrisはその仮説を指示する実験をラットで行った。色水で満たされた水槽にラットを入れる。水槽の周囲には空間的な手がかりとなるものを置いておいて、水槽の中には水面すれすれのところに小さな台を隠しておく。ラットはその台を探して泳ぐ。健常なラットは何試行か後にはまっすぐ台に向かって泳ぐようになったが、海馬が損傷したラットは台の位置を覚えることができず、何試行後でも探索し続けた。

さらに、利根川進はノックアウトマウスを作ることで海馬のLTP(長期増強)と空間学習の関連を示した。海馬のCA1細胞にNMDA受容体を持たないマウスは、LTPが起こらず空間学習ができなくなったのである。

アリストテレスから自然科学的認識論へ
海馬の損傷実験やニューラルネットワークのシミュレーションが認識論となんの関係があるのか。関係は大いにある。アリストテレスは自然科学的方法論を重視した。哲学研究室で扱われているものだけが認識論ではない。知の本質は何か、それを可能とする脳とは何か。これに挑む科学者の営みを自然科学的認識論と呼ぶできだ。

2006.05.18 | | Comments(3) | Trackback(0) | ブレインワイズ

ブレインワイズ 7章

「7章 表象する脳」です。

脳は表象するか
表象について考える前に、なぜ単なる刺激ー反応系を考えるだけでは不十分なのかをまず考えてみる。PackardとTeatherはラットの空間認識能力を調べた。はじめに十字型迷路の上半分を隠してT字型にし、T字の一番したの部分にラットを置く。餌は常にT字路を左に曲がったつきあたり置いておき、それをラットに学習させる。テストでは、T字から十字に戻して、ラットのスタート位置を十字の一番上の部分にする。餌の位置は変わらず、十字路で右に曲がれば餌がある。左に曲がるという条件反射を学習していたとすれば、今度も左に曲がって餌をもらえない。空間的地図として餌の位置を学習していたならラットは右に曲がって餌にたどり着く。結果は、ラットは右に曲がった。このことから単にラットが条件反射を学習していなかったことがわかる。また、O'KeefeとDostrovskyはラットの海馬にラットが特定の場所に来たときにのみ活動する「場所細胞」があることを見つけている。PackardとTeatherと実験で、海馬が損傷しているラットは学習前後いずれも左にしか曲がらなかった。
Kanizaの図形に見られる主観的輪郭線や、ネッカーキューブ(Necker Cube)からも「知覚とは単に外的世界を受動的に取り込んでいるのではなく、脳の能動的な活動である」ということが伺える。

表象の理論への道しるべ
脳は進化の産物であるので、空間的表象、運動的表象、知覚的表象のいずれについても、小児と成人の間に、人間と動物の間に連続性がなければならない。「そして、表象についてのいかなる理論も人間の言語が説明できるものでなければならない」。

神経系におけるコード化
表象を神経細胞の活動で説明するには次の2つの問題をクリアしなけばならない。

 (1)単一神経細胞は、情報をどういう形で貯蔵しているか
 (2)表象は、神経細胞の集合の中でどのような形をとっているか

(1)についは、スパイクの平均発火頻度という説が有力であるが、その他にも、スパイクの相対的タイミング、スパイク間のインターバル、インターバル中におけるスパイクの特定のパターン、刺激後の第一スパイクの持続などがある。
(2)については次の2つ仮説がある。

(a)ローカルコード仮説
ある一つの神経細胞がある特定の対象をコードしている(例えばあるおばあさんにだけ反応する神経細胞など)という「一対一」対応仮説である。

(b)ベクトルコード仮説
複数の神経細胞が複数の対象をコードしているという「多対多」対応仮説である。(ベクトルコードは既に4章の「逆スペクトル問題」で紹介されている。)ベクトルコードは非常に経済的である。5つの神経細胞が4つの活動レベルを持つとして、ローカルコードは4x5=20通りのパターンしか表象できない。一方、ベクトルコードは、5の4乗=625通りのパターンを表彰できる。さらにチュー二ングカーブがオーバラップしていれば精密な表象が可能になる。ベクトルは空間(パラメーター空間)を構成する。そして空間を考えることで、空間内の複数の点の相互の距離が比較できる。特に、類似という関係をパラメーター空間を用いることによって示すことができる。

顔認知の人工神経ネットワーク
Cottrellがフェイスネットという顔を認識する3層構造をもつ人工ニューラルネットワークを作った。第一層は入力層で64x64のピクセルが入力される。第二層は中間層で80個のユニットにより顔空間を構成する。第三層は出力層で8ユニットによって、顔か否か、男か女か、誰なのかを答える。フェイスネットは11人の顔の写真64枚と顔以外の写真64枚によって学習された。学習後、第二層のユニットがどの刺激を好むか調べてみると、鼻や口などの入力刺激の一部分ではなく、入力刺激全体に関連していることがわかった。共同研究者のMetclfeはこれを「ホロン」とよんでいる。ホロンは学習で用いられた特定の写真に対応しているのではなく、いわば顔的なものに対応している。
「フェイスネットの情報貯蓄の実体はユニットの連結強度のパターンである。したがって、表象を理解するためには「強度空間」について考える必要がある」。

意味論から認知的意味論へ
「自然言語の曖昧さに内在する問題を重視したTarskiは、高度に形式化された人工言語に真理を求めた」。言語から出発する意味論、つまり形式的意味論である。形式的意味論からは多義、背景知識、類似、暗喩、前提の共有、現在の状況など形式化できないものが除去された。形式的意味論の最大の問題は思考や表象は言語の形をとっているという前提であった。しかし、言語の学習には表象を必要とする。表象が言語の形をとっているならば、言語の学習には言語が必要となるという矛盾が生じてしまう。
それに代わって、認知的意味論という新しいアプローチが生まれた。認知的意味論は次の4つのことを指摘している。
1、形式論理学、形式的意味論は自然言語の本質から離れたものである
2、言語の本質はコミュニケーションの道具で、表象は副次的なものにすぎない
3、表象の本質が関わるのは、カテゴリー化、予測、実世界での活動など
4、表象は形式論理学に類似の直列処理でなく、(神経活動のような)並列処理である。

カテゴリーの形成
表象という機能に着目する限り、パラメーター空間にできた仕切られた部分(サブスペース)の全体としての構成が重要である。それぞれのサブスペースは、例えば女性の顔や男性の顔に関する領域だったりする。カテゴリー(動物、野菜、等)についてのサブスペースは個人によって多少ことなっても類似している。
表象の構成はその生物の生存に密接に関連したものとなっている。そして、表象の構成が似通っていてはじめて、コミュニケーションが可能になる。
「自分のために必要な知、という意味で、表象は地図に似ている。地図は、自分の行動のために必要なものである」。

2006.05.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | ブレインワイズ

ブレインワイズ 6章

「6章 認識論とは」です。

1.プラトンの譲歩
認識論とは、「知とは何か」「知はどこからくるのか」の二つを通して知の本質を追求する学問である。認識論について歴史的に二つの学派がある。プラトンとアリストテレスである。プラトンは「数学こそ知の頂点」と考え、抽象的な思考を重視した。いっぽう、アリストテレスは自然科学的方法論を重視した。知覚と記憶は実験と観察によって調べることが可能と考えたのである。そして、ルネッサンスになって多くの科学的発見がなされると次第にプラトン主義は衰えていった。

2.心の科学と認識論
「心理学にはアリストテレスの時代からのほぼ2千年間、ほとんど画期的な進歩は無かった」。19世紀にブントが実験データに基づいた心理学を提唱した。そして、形而上学へのこだわりを捨て、内省と論理だけでは心の理解には不十分と主張した。さらに、「意識は無意識のレベルで産生されたものの合成によって生じる」と説いた。しかし、このような見方は哲学から軽視され続けている。

3.ダーウィンの革命
知覚や学習が進化の産物だとすれば、進化論を無視することはできない。しかし、哲学における認識論は、ダーウィンを無視する形で進んでいる。
ダーウィンは、生物が長い年月において「特定の環境化で生きるための有利な特徴が次の世代に伝えられる」と考えた。そして、「時には変異が起こり、全く新しい種が生まれることがある」ことに気がついた。ただ、自然淘汰で選択されるのは、能力ではなく個体全体である。長所も短所も受け継がれるのである。
ヒトとチンパンジーのDNAは98%以上同じであり、マウスとですら90%ほど同じである。行動上の類似点もある。ヒトの赤ちゃんもサルやマウスの赤ちゃんも酸っぱいものを口にすると顔をしかめる。恐怖や喜びなどの情動表現は種間で共通点が見られるのである。
「伝統的な哲学では、心の働きについての知は先見的なものであって、それを得る方法は演繹や内省以外にはないとされてきた」。では、進化生物学的にその知の獲得を説明できるのだろうか。そうした能力が進化の過程で選択されてはおらず、経験的に学習しなくてはならないのは明らかだ。

4.守旧派の抵抗
実験データに基づかない古典的認識論は今でも消滅していない。それには2つの理由がある。第一に20世紀になるまで神経科学が認識論を扱えなったからであり、第二に論理学が発展したからである。

4.1 心と脳の自然科学の障壁
第一の理由は技術的な問題に因るところが大きい(一章でも述べられている)が、それと関連して概念レベルの問題がある。「追求すべき問題についての十分な概念がないため、適切な問いを立てることができないのである」。概念のレベルで間違っていると真実を誤認してしまう。心と脳の問題は概念レベルでもハードルが高い。だから、古来より思弁的になる傾向が強い。仮説なしの観察・実験はあり得ない。科学的データを無視した認識論は馬鹿げている。たとえ乏しいデータであったとしてもそれをなんとか活かすことと、全く無視することでは大違いである。

4.2 論理的認識論
第二の理由については、認識論の巨人、哲学者ムーアの存在を無視できない。「ムーアは「常識」を重視した」。ムーアのいう「常識」とは、言葉の真の意味に細心の注意を向けることで到達できる理解のことをさし、これに反した科学や哲学に疑問を投げかけた。しかし、言葉の意味を探求すれば本質が明らかになるという誤解を生んだ。そして現代論理学によって、「哲学は心と脳の科学から分離される方向に向かった」。けれども、論理的に真でも実際に正しいかどうか証明する必要がなくなったわけではない。カルナップは「公理はその定義上、真であるから、そこから導かれた定理も真であることは保証されている」と主張した。カルナップは科学を顧みず言葉の意味の分析を重視した。このアプローチを論理実証主義という。論理実証主義は数学との整合性が重視され、心理学との整合性は重視されなかった。方法論として思考実験が重視されたのである。しかし、1931年に「数学的理論は不完全であり、決して完全にはなり得ない」というゲーデルの不完全性定理が提出された。これによって論理学によるアプローチの土台が崩れてしまった。結局、カルナップの試みは斬新であったが得るところがほとんどなかった。それでも哲学者は思考実験を重んじた。ウィトゲンシュタインを始祖とした「意味の分析」によって「概念的必然」や「概念的真実」を解明しようと試みた。しかし、「意味の分析」は実体に欠けることが多かった。ファイヤーアーベントは次のように反論している。「あるものの意味についての分析によって明らかにされることは、ある人々が、ある場所で、ある時に、そのものについて信じることにすぎない。そのものについての真実については明らかにされ得ない」。クワインも意味の分析について鋭く反論している。

テーマ:心・脳・言葉・人工知能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2006.04.16 | | Comments(0) | Trackback(0) | ブレインワイズ

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