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錯視とベイズ

Motion illusions as optimal percepts

今日の輪講で紹介した論文です。運動知覚の錯視をベイズで説明できるという内容です。

菱形の図形が実際は横に動いているとします。細い菱形は背景とのコントラストが高いと横に動いているように見えて、コントラストが低いと斜めに動いているように見えてます。太い菱形はコントラストが高くても低くても横に動いているように見えます。ちなみにここにその視覚刺激があります。いままではこの現象について二つの理論の組み合わせによる説明がされていました。でもそれだとちょっと視覚刺激が変わっただけで統一的な説明できなくなってしまいます。もっと運動の錯視を説明できるグローバルな理論はないかということでベイズ推定の登場です。

今、推定したい値は画像Iが与えられたときの菱形の速度vなのでベイズの枠組みでは、

 P(v|I)P(I|v) P(v)

と書けます。
尤度P(I|v)は今の画像と微小時間変化したときの画像がほとんど変わらないという条件にガウシアンノイズを加えたものから導かれた正規分布です。
事前分布P(v)は、視覚入力はほとんど動かないはずという事前知識に基づいて、原点(速度ゼロ)を中心としたガウシアンを仮定しています。
そしてMAP推定により最適なvを求めます。

このモデルで他の先行研究のデータも説明できると言っています。
また、ベイズ推定は視覚入力の信頼度と事前知識とのバランスを考慮した推定なので、様々なパラメータの視覚刺激が与えられてもこのモデル一つですべて説明できるという美しさがあります。

私たちは最適化された知覚システムを持っていて、その仕組みの説明にはベイズ推定が適しているようです。普段はそのシステムが十分強力に働いて、あいまいな視覚入力を環境に合うように適切に解釈しています。そして錯視はそのシステムが最適なためがゆえに起こる現象と言えます。

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テーマ:心・脳・言葉・人工知能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2006.03.24 | | Comments(0) | Trackback(0) | 論文の紹介

ブレインワイズ 4章 後半

前回のブレインワイズのレビューから2週間も空いてしまいました。
もう少しコンスタントにできないのかと思いつつ今回の分を始めます。

今日は「4章 意識」の後半、
2.心身二元論から科学への挑戦状
です。

生命へのアプローチが意識へのアプローチのアナロジーとなる。生命へのアプローチはどのような変遷をたどったのか。生命に対応する何らかの物質を見つけようとするアプローチ(直接的アプローチ)は失敗した。生命は結局、DNA、RNA、タンパク質などの様々な物質の総合体である。それ以上でもそれ以下でもない。生命とは何かを理解しているということは、その様々な機能や構造を理解しているということである。そして、いくつもの発見(何か一つの実験でというわけではない)が積み重なり、生命の全体像の理解が進むことで、生命の本質とは「生気」であるという「生気説」は消えた。意識へのアプローチも同様の流れをたどるだろうと予想している人たちが間接的アプローチの支持者である。


とはいえ、意識が脳機能からは説明できないという主張がある。ここでその7つの主張を挙げる。

1科学が意識を解明できるとは到底考えられない?
意識は永遠に解答不可能であるというのである。
この主張がどのような議論をもとに成り立っているか公式化するとその論拠の無さが見えてくる。

前提:現象pについて、ほとんど何もわかっていない。
結論:pは将来も決して解明されることは無い。

問題が深淵すぎるためではなく、私たちの知識が乏しいがためにすぎない。

2ゾンビ仮説?
体験の主観的な質(クオリア)だけを持たない人間を考えることができる。つまり、青という主観的な質を感じること無しに「今日の空はとても青い」と言うような人間である。そして、想定することができるということは論理的に存在しうる。だからクオリアを持たない人間は存在しうるから意識は脳とは無関係である。しかし、論理的に可能であっても物理的に不可能な場合がある。論理的可能性によって神経科学を議論することは「全く地に足が着いてない方法」である。

3 問いが難しすぎて解けるはずがない?
意識の問題についてほとんど無知なのに、その問題が難しいかどうかなんて初めからわかる訳がない。まず、問題の難しさの判定が正しいかどうか考慮すべきである。

4 他人の主観的体験を知ることはできない?
この主張の土台は「逆スペクトル問題」にある。「逆スペクトル問題」とは色の感覚が他者と反転していてもそれに決して気がつかないというものである。例えば、同じ色を見ているのに、私は赤と感じ、あなたは緑と感じていているが、言葉にしたら二人とも同じ色の名前を言うため、客観的に主観的体験の違いを捉えることはできない。これもゾンビ仮説と同じく論理的可能性を議論しているにすぎない。今のところ、脳の状態が等しくても体験の質が異なるという例はない。
人間の色のクオリアは三次元であるということがわかっている。それはマンセルの色立体から見てとれる。マンセルの色立体は「人間の主観的な色の相違の感覚によって決められたものである」。人間の網膜には色に反応する3種類の錐体細胞がある。錐体細胞S(青のスペクトル)、錐体細胞M(緑のスペクトル)、錐体細胞L(赤のスペクトル)である。錐体Mと錐体Lが反応する波長にはかなりのオーバーラップがあって、青と緑の間よりも、緑と赤の間の違いを細かく識別できるようになっている。逆スペクトル人はこのような色の境界判別も異なり、「通常の人間にとって似た色が全く違う色に見えることになる」。
外側膝状体では視細胞からの入力が「青 対 黄」、「緑 対 赤」、「白 対 黒」となるように変換される。「青 対 黄」の細胞活動は「錐体M + 錐体L - 錐体S」で表現され、「緑 対 赤」の細胞活動「錐体L - 錐体M」で表現され、「白 対 黒」の細胞活動は「錐体S + 錐体M + 錐体L - 平均の抑制性シグナル」で表現されている。外側膝状体のこの3種類の色彩対立細胞の活動で色のクオリアを説明できるとすればその意味は大きい。「脳の色彩コードのメカニズムが明らかにされるにつれて、他がすべて同じでクオリアだけが反転している人間が存在する可能性はゼロに近づいていく」。

5 人間の認知機能や行動を神経レベルに直接還元するなどできるはずがない?
これは誤解である。神経系はさまざまなレベル(分子、細胞、ニューラルネットワーク、脳の領域、領域間の相互作用)から成り立っていて、どのレベルが重要であるか未だ不明である。神経科学は高次機能を直接神経細胞レベルで説明しようとはしていない。一歩一歩進めていこうとしている。

6 意識は神経レベルではなく原子以下のレベルの現象である?
ペンローズとハメロフは細胞内のタンパク質輸送に関わっている微小管という分子が意識に関与していると考えた。ペンローズによれば数学的思考はゲーデルの不完全性定理を越えたものであり、そのためには量子論的説明が必要であるというのである。その量子効果を担うのが微小管というわけである。しかし、ペンローズとハメロフの説を支持するデータは一つもない。

7 科学はすべてを解明できない?
科学で解明できないことはある。しかし、意識がそうであるかどうかはわからない。


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2006.03.20 | | Comments(2) | Trackback(0) | ブレインワイズ

ブレインワイズ 4章 意識 前半

ちょっと前回から間が空いてしまいましたが『ブレインワイズ 脳に映る哲学』の要約を続けていきたいと思います。

4章は、
1. 問題のありか
2. 心身二元論から科学への挑戦状
の2節からなっています。

4章も長いので2回にわけます。今日は、「1. 問題のありか」です。

1.問題のありか

意識されていることとされていないことの違いは何か。この問いに対して2つのアプローチがある。一つは科学的な方法で明らかにしようとする立場で、もう一つは科学では決して解明できないとする(神秘主義的と呼ばれる)立場である。ここでは科学的な方法について考えていく。
意識の定義は何か。定義するためには正確な分類が必要だが、意識についてはそれができない。結局、科学的な理論と定義は相補的に進むしかない。そのものについての科学が成熟してはじめて、その定義が可能になる。それでは、いま意識の定義が明確に決まらないのならどうしたらよいだろうか。そのためには、「研究しようとしている現象にあたるとされる例をいくつか挙げて比較検討し、そこから浮き彫りにされてくるものをつかむのである」。まず、知覚に関する意識があげられる。そして、何かを思い出したり、予想したり、怒ったり笑ったりするときの意識がある。意識の科学は始まったばかりなので、とりあえず意識についてのプロトタイプを大まかに決めて、意識の科学について有意義な実験を開始しなければならない。長期的には代謝や生殖と同じレベルまで意識を理解したいが、ひとつの実験パラダイムで解明しようというのは非現実的なので、短期的な、現実的な目標を立てるべきである。

直接的アプローチ
意識に対応する物質的な「もの」を同定し、神経生物学によって説明することを目指すのが直接的アプローチである。ここで言う物質的な「もの」とは、特定の部位にある何かとは限らず、神経細胞の活動パターンである可能性がある。研究対象の基盤となる何かが発見されると大きな発展が期待できる。たとえば、DNAのらせん構造の発見によりたんに遺伝情報の構造が明らかになっただけでなく、タンパク質合成の仕組みや遺伝のメカニズムの基礎が解明されたのである。同じようなことが意識の科学的な研究にも言えるはずである。クリックは次のような前提を立てた。呈示された刺激を被験者が意識している状態と、意識していない状態では脳のレベルで何らかの違いがあるはずである。そして、適切な実験を行えば、この違いを発見することができるはずである。この検証に適した心理学的現象を選び実験を行い、意識の有無によって異なる神経レベルの相違を明らかにすれば、意識のメカニズムの解明につながるはずである。

両眼視野闘争
クリックの前提に適した現象が両眼視野闘争である。左右の目に異なる絵を入力させると、左目に見せた絵と右目に見せた絵が交互に知覚される。両眼視野闘争の実験をする場合、顔の絵を用いるのがよい。顔に選択的に反応する部位があるからだ。サルではSTS(上側頭回)と呼ばれる部位のニューロンが顔に特異的に反応する。人間でも顔に特異的に反応する部位があることがわかっている。
両眼視野闘争の神経科学の実験は1989年にNikos Logothetisによってはじめて行われた。そして、1997年に顔と太陽を用いたサルの実験が行われた。サルは「顔が見えてます」と言葉にはできないので、予め顔が見えたか太陽が見えたかで別々のボタンを押すように報酬を与えて訓練しておく。両眼視野闘争の実験の結果、顔刺激の意識の有無に関わらず反応するニューロンと、顔刺激が意識されたときにのみ反応するニューロンがあった。STSでは約90%のニューロンが顔刺激の意識に関連するニューロンが存在することがわかった。しかし、実際には、視覚的意識に一致していないのかもしれない。視覚的意識の結果、活動したのかもしれないし、視覚的意識の前段階の活動だったのかもしれない。

同じような実験パラダイムを用いたヒトのfMRI実験がある。Roger Tootellらは、滝の錯視(滝をずっと見た後に静止しているものを見ると止まっているものが上に動いているように見えるという錯視)が起こっているときの脳活動をfMRによって調べた。その結果、動きに反応するMTやが錯視のときに活動していた。また、幻覚を見ているときの患者の脳活動をfMRIで調べてみると、一次視覚野はほんとんど活動していなかったが、視覚野の腹側部が活動していた。これらの結果から、少なくとも視覚野のある細胞群が視覚意識に関連しているということがいえる。

逆行投射と意識
V1からV2へシグナルが伝わるというような順方向の投射だけでなく、その逆の投射も脳の至る所にある。Gerald Edelmanはこの逆投射が意識を生成するのではないかと考えた。Edelmanがこのように考えた訳は、知覚は常に「分類」という側面をもっているからだ。悲しんでいる顔を見て、これは「顔」で、そして「悲しんでいる」と判断するわけでなく、「悲しんでいる顔」として知覚する。順方向の投射しかない神経回路ではこのような処理はできない。

クリックとコッホが挙げて意識の神経相関についての知見を挙げる
 - 意識に関連する神経細胞は、空間的に広く分布している。
  そして、特定の意識が生じるときに一時的に「協力関係」を作っている。
 - 上記の神経細胞集団の活動がある閾値を越えると知覚意識が生じる。
 - 上記の「協力関係」は神経細胞の同期によるのが普通である。
 - 知覚意識の神経細胞の活動時間は短いが一定の長さを持っている。
 - 注意によりどの神経細胞が閾値を越えるかが変わる。
 - ある意識において、意識体験そのものとして活動する神経集団
  「節 node」とそれに対する暗黙知「背景活動」がある。
 - ある瞬間に意識として表れるのは、さまざまな「節」同士の競合に勝った
  「節」に対応する意識である。

意識と神経活動についての5つの可能な解釈
(1)その神経活動は意識の背景にすぎない
(2)その神経活動は意識を生じさせる原因の一部である
(3)その神経活動は意識を生じた結果の一部である
(4)その神経活動は意識と並行しているが、直接の関係はない
(5)その神経活動は意識と一致している

ただ実験データを慎重に検討すれば意識が解明されるとは限らない。光のメカニズムの解明にはマクスウェルの電磁波の理論が必要であったように、意識についても新しい理論が必要かもしれない。


間接的なアプローチ
注意、知覚、記憶,思考など意識となんらかの形で結びついているメカニズムを解明していけば、意識とは何かがわかるだろうというのが間接的アプローチである。そのため、間接関なアプローチで意識を解明するには、脳の大部分の機能が理解される必要がある。

提示版としての意識
「意識という機能があることによって、生体にはどんな利点があるのだろうか」。まず知覚や想像や推論や運動コントロールなどが柔軟になる。そして、ヒトは他者に自分の経験を報告することができるようになる。意識の柔軟な認知機能は脳内の情報に広くアクセス可能と考えることができる。Dennetは「全方向にアクセス可能であること、それこそが意識である」と主張した。Baarsはこの考えを発展させ「意識の掲示板モデル」を提案した。つまり、意識とは、公開されていて、さまざまな認知機能がアクセス可能な情報のようなものであるという。そして、Baarsは注意や覚醒に重要な働きを果たしている網様体賦活系が、どのような情報を掲示板にのせるかを決めるうえで重要であると推測した。ここで、アクセス可能であるとは神経生物学的にはどのようなことかというと、たとえば、神経細胞bが神経細胞aにアクセス可能であるとは、神経細胞aが神経細胞bの活動を引き起こすということである。

自己、主観、意識
Antonio Damasioは「意識は高次の自己表象から生まれる」と考えた。Damasioは意識と自己表象の関係を進化論的に説明している。どんな原始的な生物の神経系も、生体に内外を表象する内的モデルをもっている。この内的モデルが進化の過程で洗練され、内的モデルそのものを表象する神経回路が生まれた。つまり、現在の生体の知覚や情動といった状態を表象できるようになった。これが意識である。そして最も重要な点は、内と外の関係を表象(メタ表象)できるようになったことである。メタな表象ができると行動の選択肢を評価する能力が豊かになって生存に有利になる。
Damasioによれば、感覚の質的な違いは、表象するシグナルの相違から生まれる(例えば、網膜と嗅上の違いとか)。
どれをいつ意識できるかは脳がさまざまなシグナルを統合して決めている。Damasioは脳幹の特定の核に、その生物の状態と未来の指向に関する現在の活動についての情報が集中していると予測している。この情報を用いて脳幹が皮質の活動を調整しているというのである。


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2006.03.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | ブレインワイズ

プレディクティブ・コーディング

Predictive coding in the visual cortex: a functional interpretation of some extra-classical receptive-field effects

今日の輪講で同学年のKSくんが紹介してくれた予測符号化の論文を要約します。

視覚野の情報処理は視覚刺激を予測することであるという観点で、視覚野の情報処理の計算モデルを提案しています。我々の視覚野は網膜、LGN、V1、V2、、、というように階層構造を持っていてます。解剖学的には、低次の領野から高次の領野へというフィードフォーワードの結合があるだけでなく、高次の領野から低次の領野へのフィードバックの結合もあります。しかもフィードバックの方が多いと言われています。これまでのモデルでは、フィードフォーワードの結合しか考えられていませんでした。そこでこの論文では、高次の領野が、低次の領野から入ってくる次のステップの視覚情報を予測しているとして、フィードバックの情報はその予測値であるといっています。そして、フィードフォーワードの情報は、高次野で予測された視覚情報と入力された視覚情報の誤差であるとします。結局、上の層に送られるのは予測誤差で、下の層に送られるのは予測値であるというモデルです。これが階層構造を持っているのです。また、上位の層の細胞は複数の下位の層の細胞から入力を受けていて、複数の下位の層にフィードバックを返しているとします。

シミュレーションにより、end-stopped cell(receptive fieldに棒の終端があるような刺激に反応する細胞)の応答を説明できるとしています。つまり、end-stopped cellは予測誤差に反応する細胞(誤差検出細胞)なのです。自然画像には「棒の終端」のような画像よりも縞模様が多く含まれています。ですから上位層は縞模様を予測します。しかし、入力された画像は「棒の終端」だったとします。そうすると予測誤差が大きく生じてend-stopped cellと呼ばれている細胞が応答するのです。さらにextra-classical receptive field effects(receptive fieldの外に何らかの刺激があるときとないときで反応が変わるという現象)を説明できるといっています。上位層はreceptive fieldの中と外に同じような刺激があると予測します。receptive fieldの内と外で刺激が同じなら、誤差検出細胞は発火しません。しかし、内と外が異なっていると発火するのです。

この論文の話と同じことを一般向けに説明した本を紹介しておきます。
ジェフ・ホーキンス 考える脳 考えるコンピューター


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2006.03.03 | | Comments(5) | Trackback(0) | 論文の紹介

逆行列 トリビアルかもしれませんが

以前計算した数式を検算していて、ぐちゃぐちゃだった式が実はこのような形をしていることに気がつきました

X^-1 (X + Y^-1)^-1 Y.     (1)

これはもしやきれいになるのではと思って、親切な人たちがまとめてくれた行列演算のPDFを見てみると、

(A + B)^-1 = A^-1 (A^1 + B^1)^-1 B^-1     (2) 

という公式がありました。ここでABも正方行列で逆行列がとれるとします。
これで式(1)は、

X^-1 + Y

となってすっきりしました。

ところで、逆行列の公式には他に、

(A + C B C')^-1
 = A^-1 - A^-1 C(C' A^-1 C + B^-1)^-1 C' A^-1     (3)

というものがあります。'は転置を表します。Cが単位行列のとき、式(2)と(3)は等しいのでしょうか。(3)はA^-1がひとり外に飛び出していて一見等しいようには見えません。そこで(2)と(3)を引き算してみると、、、
零行列になりました。

これはとても小さな例ですが、科学的な発見などで全く違うように見えるものが実は同じものだったりしたときはとても感動します。そんなものをいつか見つけたいですね。


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2006.03.01 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

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