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マインド-心の哲学 2章

この章では、唯物論の歴史的遷移、心に関する計算理論の概念、さらに消去的唯物論を紹介している。

二元論の困難
実体二元論はなかなか受け入れがたいところである。実体二元論よりは弱い主張の性質二元論というものがある。これはわりと受け入れられている。性質二元論は二つの実体があると考えるのではなく、世界は二つの性質をもっていると考える。しかし、「性質」と言い直しただけで二元論としての困難がなくなったわけではない。物理的なもの(脳)からどのように心的な性質がうまれるのか答えられていない。デイヴィット・チャーマーズによれば、たとえ意識が存在しなかったとしても、物理的な宇宙の経過が現状となんら変わらない、ということは論理的にありえる、という。心的なものと物理的なものの根本的な違いが二元論を駆動している。

唯物論への転換
今日、最も影響力の大きな説は唯物論である。心的状態が存在しても、それはなんらかの物理状態に還元でき、それ以外にありえないという説である。しかし、唯物論は意識と志向性を置き去りにしてしまう。意識状態と志向状態を本来的に備えているという事実を否定しないような説明が必要である。

唯物論の歴史ー行動主義から強い人工知能まで
この節では唯物論の歴史が述べられている。

方法論的行動主義
刺激ー反応の相関関係を調べて法則を見いだすことを目的とする立場。心理学のための新しい方法を提起した。

論理的行動主義
心的な言明は行動に関する言明に翻訳できるという立場。論理的行動主義では心的状態は、「もしこれこれの条件が満たされたら、しかじかの行動があとにつづくだろう」という仮言的な言明から分析させる。

物理主義と同一説
心的状態と脳状態が同一であると主張する立場。

機能主義
心的状態はある種の機能を持った状態であると主張する立場。

コンピュータ機能主義(=強い人工知能)
心的状態とは脳の計算的な状態であると主張する立場。脳はコンピュータのハード、心はソフトと考える。
弱い人工知能の立場=シミュレーションで心を研究することを目指す。
強い人工知能の立場=適切にプログラムされれば心をもつ。

計算と心的過程
この節では心と計算理論の問題において重要な概念が紹介されている。

アルゴリズム

チューリング・マシン

チャーチのテーゼ
計算可能であればどんな問題でもチューリング・マシンで計算できる。

チューリング・テスト

記述のレベル
分子のレベル、全体の物理的構造のレベルなどさまざまレベルで記述できる。

多重実現可能性
さまざまなハードで高いレベルの記述を実現できる。

再帰的分解
大きくて複雑な問題は小さな問題に分解できる。

その他の唯物論
消去的唯物論=心的な存在物は存在しないと考える。

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2006.06.30 | | Comments(0) | Trackback(0) | マインド-心の哲学

大樹を育てるには

このごろよく思う、神経科学ってなんかしょぼいなぁと。

マイナーアップデートばかり繰り返していたり、
データに好き勝手にモデルを当てはめていたりして。
物理学でいうような世界の根本原理みたいなのを
少しも見つけようとしていない気がする。

対象があまりにも複雑であるというのが要因の一つかもしれないが、
なにか本質的なものが欠けていると思う。

それはただ計測技術が未熟だからというだけではない。
対象を適切に記述する道具もまた存在しないからだ。
筆がないのにいったい何を表せるというのだろう。
だから、まず道具作りからはじめなければいけないと思う。

枝葉ばかり集めたって大樹にはならないからね。

2006.06.27 | | Comments(1) | Trackback(0) | 雑記

マインド-心の哲学 1章

1章ではデカルトが残した8つの問題とそれに対するデカルト自身の回答を紹介し、さらに4つの問題を紹介している。
デカルトというと二元論で有名だ。どのような二元論かと言うと、世界にはモードの異なる二つの実体があり、一つは物体とか身体(延長実体)とか無限に分割可能なもので、もう一つは心(思惟実体)という分割不可能なものである、というものである。また心は直接知ることができるが、物体は間接的にしか知ることができない。単純にいうとこれがデカルトのいう実体二元論である。

デカルトが残した災い
デカルトが残した8つの問題は、
1. 心身問題
2. 他人の心
3. 外部世界への会議
4. 知覚
5. 自由意志
6. 自己と人格の同一性
7. 動物の心
8. 睡眠
である。

この8つの問題に対するデカルトの回答は不適切だったという。

はじめの二つの問題におけるサールのコメントをメモしておく。
1.心身問題
デカルトの考えた二元論は、多くの論者が考えているような「脳を備えた身体が意識をもつ」という説と異なる。デカルトはテーブルやイスと同じように身体や脳は意識をもたないと考えた。そして、どのように魂が身体と結びついているか考えた。

2.他人の心
独我論には3つの段階がある。一つめは、私だけが世界でただ一人心的状態をもつというものだ。二つめは、認識論的独我論と呼ばれるもので、他人はもしかしたら心的状態をもっているかもしれないが確かめることができない、というものだ。三つめは、他人も心的状態をもっているが、私の心的状態のようなものであるかはわからない、というものだ。

さらに四つの問題
9.志向性
志向性の問題はサールがとくに重要であると主張している問題である。志向性という能力によって自分とは異なる外界の対象を示したり、関係したりできる。たとえば、もし欲求をもつのなら何かをしたいという欲求であり、もし知覚しているのなら何らかの外界の対象を知覚していなければならない。これらは、自分を超えた何かを指し示しているという意味で志向的であるといわれる。
志向性には二つの重要な問題がある。一つめは、脳内でおこっている出来事がいったいどのようにして脳の外へと向かうことができるのかというものだ。二つめは、一つめと関連していてのだが、特定の志向的な内容を脳や心がもつというのはどのようなことかというものだ。

10. 心的因果と随伴現象説
物理的世界は因果的に閉じている。物理的世界ではない心的状態はどのようにして物理的世界に作用するのだろうか。随伴現象説とは心的状態は単なる物理現象の付随的なものであって、心的状態が物理状態に影響を与えることはないという説だ。

11. 無意識
12. 心的現象と社会現象の説明


【“マインド-心の哲学 1章”の続きを読む】

2006.06.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | マインド-心の哲学

Dvorak配列

Mac OS Xはどの国でも同じ物が販売されていて、
その国に合う言語環境に設定すればいいようになっている。
だからキーボード配列も簡単に変更できる。

キーボード配列を変更するには、
システム環境設定ー言語環境-入力メニュー
で使いたいキーボード配列を選べば良い。

ここでなにも選択しないと、なぜかDvorak配列になる。
Dovrak配列とは、
Qwerty配列(一般的なUSキーボードの配列)は使いにくい、
もっと使いやすい配列を考えられるはず、
という名目のもとで作られたものである。

これは僕の環境のみで生じることなんだろうか。
それともAppleの開発環境ではDvorak配列がデフォルトなんだろうか。

テーマ:Apple/Mac,iPod,OSX,etc... - ジャンル:コンピュータ

2006.06.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

SPIKES 2章前半

SPIKES第2章Fundationsの前半について簡単にメモしておきます。

2.1 Characterizing the neural responese
2.1節では、スパイクの捉え方についての基礎が書かれています。

2.1.1 Probabilistic respones and Bayse' rule
スパイクを計測するときは主に何回も同じ刺激を提示して計測するそうです。なぜ、こうするかというとスパイクはいささかランダムだからだそうです。
また、刺激sが与えられたときのスパイク列{t}の尤度P({t}|s)を考えるのではなく、ベイズルールを用いてスパイク列{t}が与えられたときの刺激sである事後確率P(s|{t})を求めることで、つまり、encodingからdecodingの見方をすることで、非線形関数が線形関数になって、より簡単に現象を考えることができるようになるそうです。
さらに、スパイクが出た時刻を基点に刺激を加算平均してやると、ニューロンがどのような刺激に反応するかを調べることができるspike triggered averageという手法があるそうです。

2.1.2 Rate, intervals, and correlations
この小節では、一般にどんな尺度でスパイクを測っているか、測るのが良いのかが紹介されています。その尺度とは、発火頻度、スパイク間隔および自己相関です。
平均発火頻度だけでは刺激を一意にうまく表すことができないが、二次統計量まで考慮するとうまくいくものもあるらしいです。

2.1.3 Input/output analysis
この小節は、入出力関係を表すシステム同定の一般的な話がされています。まず、ある関数のある点周りの近似は、テーラー展開を用いて行うことができます。関数自体の近似はVolterra expansionというので行えるそうです。さらに入力にガウスノイズを考えた場合はWiener expansionというものになるそうです。Wiener expansionはVolterra expansionの原点周りのモーメントがゼロになるようにちょっと手を加えたものと見ることもできると思います。なんだか難しそうですが、結局、スパイクの解析で主に使われているのは1次の展開までで、2次展開まで考えているのはあまり多くないようです。一次の展開は単なる入力とカーネルのコンボリューションです。一次視覚野のニューロンの応答などをWiener expansionで説明したりするそうです。

2.1.4 Models for firing statistics
発火頻度を計算するbinがあまりにも長すぎたり(>1s)、短すぎたり(<1ms)しない場合は、発火頻度をポアソン分布でうまく表すことができるそうです。発火頻度の分散を平均で割ったものをFano factorといい、ポアソン分布ならば分散と平均が同じなのでFano factorは1になります。ただ、自然な刺激に対しては、ポアソン分布を仮定したときに予想される値とは異なる値になって説明できない場合もあるそうです。

2006.06.19 | | Comments(0) | Trackback(0) | 輪講

SPIKES 1章 Introduction

先週からSPIKESの輪講がはじまったので、そのメモをとっていきます。

この本は"decoding"の古典的書物らしいです。ここでいうdecodingとはニューロンから情報を読み取るということです。といっても出版されたのは10年前ですが。主にスパイクという時系列データのdecodingに頂点を当てているみたいです。

まず1章 Introduction です。

1.1 The classical results
神経科学の歴史が書かれています。GalvaniとVolta(1700s)がカエルの脚の筋肉に金属を付けると脚が痙攣するという実験の紹介から始まり、神経細胞の発見(Ramon y Cajal )、特定の神経が特定の感覚刺激に関連あるという発見(Muller)など、いろいろ書かれています。

ここで重要なのは、AdrianとHubel&Wieselの発見でしょうか。

Adrianの発見
1. 感覚ニューロンがスパイクを出すということ
2. rate coding - 感覚刺激がスパイクの発火頻度で表されている
3. adaptation - 同じ刺激にずっとさらされると発火頻度が下がる

Hubel & Wieselの発見
1. orientation selectivity(center-surround ニューロンたちによって形成される)
2. cortical map (コラム構造の発見)
3. self organization (ネコの赤ちゃんの片目に目隠しをするとそれに対応する回路が発達しなくなる)

網膜節細胞がcenter-surround型の受容野を持つということはBarlowやKufflerによって発見されています。

1.2 Defining the problem
スパイク列が意味するものは何か、どのように外界を符号化しているのか、を知りたい。そこで、私たち自身をホムンクルスの立場におこう。(ここでいうホムンクルスとは脳の中で情報を読み取る小人のこと。)これはdecodingの問題である。

1.3 Central claims of this book
1. Representation of time-dependent signals
decodingについてです。
encodingを調べるよりdecodingの方が簡単らしいです。

2. Information rates and coding efficiency
一つのスパイクあたりどれだけの情報(bits/spike)を伝えられるかについてです。

3. Reliability of computation
行動の信頼性、一つのニューロンの信頼性、信頼性に対する物理的な限界についてです。

2006.06.12 | | Comments(0) | Trackback(0) | 輪講

マインドー心の哲学 「はじめに」

ジョン・サールの『マインドー心の哲学』について,思ったこと考えたことを少しずつ書いていこうと思います.

『マインドー心の哲学』の構成は,

はじめに
第一章 心の哲学が抱える十二の問題
第二章 唯物論への転回
第三章 唯物論への反論
第四章 意識1ー意識と心身問題
第五章 意識2ー意識の構造と神経生物学
第六章 志向性
第七章 心的因果
第八章 自由意志
第九章 無意識と行動
第十章 知覚
第十一章 自己

となっています.

今日は,「はじめに」で書かれていることについて.

「はじめに」で書かれていることはサールがこの本を書いた動機です.
世の中にはたくさん心の哲学に関する入門書があるがどれも満足のいくようなものではない.なぜか.古びた用語と諸前提を引きずったままで,どれも間違った前提のうえで議論しているからだという.その結果,「よく知られている理論,しかも影響力のある理論が,そもそも全部誤っているという点で,心の哲学は,哲学の中でも類を見ないテーマである」そうだ.なかなか辛辣である.この間違った理論はおもに○○主義というものである.二元主義,唯物主義,計算主義,機能主義,行動主義,などなど.これらがなぜ間違っているかはこの本の前半を使って説明するそうだ.

心の哲学の入門書の多くは大きな問題ばかりを扱っているが,大きな問題ばかりが重要でない,あまりほかの本では取り扱われていないが志向性の問題も重要でしょ,と言っている.志向性とは,心がある物事に注意をむけたり関心をもったりするさまのことである.志向性の問題とは,なぜそのようなことができるのかということだ.
また,意識の構造と神経生物学が取り組んでいる研究の意義を調査し考察することが必要だという.意識の構造とはどのようなことを指すのだろうか.そもそも本当にそんなものが少しでもわかっているのだろうか.第五章でどのようなことが書かれているのか興味深い.神経生物学を顧みることが重要だと考えているのはチャーチランドと同じ.

この本を読むにあたって,次の二つの区別を理解しておいてほしいそうだ.一つは観測者に依存する事象と観測者に依存しない事象の区別.もう一つはオリジナルな志向性と派生的な志向性の区別.オリジナルな志向性は,たとえば私が図書館への行き方についての信念をもつさまのことをいう.派生的な志向性は地図が持っている情報が図書館への行き方を指し示すさまのことをいう.派生的な志向性は,人間に由来しオリジナルな志向性によってもたらされるのである.

「はじめに」だけを読むと二元論も唯物論も機能主義も消去主義も間違っているらしい.ではこれら以外にどんな良い説明があるというのだろうか.サールはそれを提供してくれるのだろうか.たしかにこれまでの意識についての説はどれもどこかしっくりこないものばかりでした.物理的なものと心的なものを分けて考えるということも正しいのかよくわからない.私はこの区別は本質ではないという気がしています.だからといって唯物論や消去主義が的を得ているとも思えません.つねにexplanatory gapがつきまとっています.心はほとんど謎だらけ.だから面白いのです.

2006.06.08 | | Comments(0) | Trackback(0) | マインド-心の哲学

オメガ数

先月の日経サイエンスに、
『ゲーデルを超えて オメガ数が示す数学の限界』というの記事がありました。

数学は有限個の原理(公理)からすべての数学的真理(定理)を演繹できるというヒルベルトの立場は、ゲーデルの不完全性定理によって覆された。つまり、ゲーデルは数学(十分強力な形式的体系)には、それ自身では証明できない定理が存在するということを示したのであった。ゲーデルは自己言及のパラドックスによりそのことを示したが、さらに数学で証明できない定理は無数に存在するということを示すのがオメガ数である。

オメガ数とは
すべてのプログラムの集合を考える。そのなかから一つプログラムを選んで、それがいずれ停止するプログラムである確率がオメガ数である。Nビット以下のプログラムならばたかだかN回の計算量で停止するか否かを判断できる。たとえば3ビットのプログラムの集合のなかで停止するのは110(二進数表記)だけだったとするとオメガ数は1/8である。いま、すべてのプログラムの集合を考えているのでオメガ数は、
omega.png
である。ただし、Nはプログラムのビット長、kNはNビット長のプログラムのうち停止するプログラムの数である。

結局、有限のメジャーで無限(に続く乱数)をはかろうとしても無理だということ(有限のメジャーを無限回使わなければならない)。

数学には公理を用いて証明できない定理が存在して、それを既約であると認め新しい公理を付け加えるしかないと著者は主張しています。

ちなみに、Douglas R. Hofstadterは『ゲーデル,エッシャー,バッハ』のなかの第18図で、定理、証明できない定理、定理の否定、証明できない定理の否定の4つの関係を表しています。この図を見るとオメガ数のような証明できない定理が無数にあることは、もう既に予期されていたことなのではないかと思えてきます。

余談ですが、意識が論理的に物理的なものに還元できないから、意識を新たな法則として付け加えるのがよいのではないかと考えているのがHofstadterの弟子?のChalmersです。

2006.06.01 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

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