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マインド-心の哲学5章

5章「意識の構造と神経生物学」です。

意識の性質として、
1 質的であること
2 主観性
3 統合性
4 志向性
5 気分
6 中枢と抹消の区別
7 快/不快
8 状況性
9 能動的な意識と受動的な意識
10 ゲシュタルト構造
11 自己の感覚
をあげています。

「質的であること」では、意識とクオリアは同じ対象を指しているのだから、クオリアという用語は使わないと言っています。わたしもそう思います。クオリアと呼んだところで当該の問題が簡単になるわけでも、見通しがよくなるわけでもないのですからね。
「統合性」では、物理的なものが分割できるようには意識は分割できない、このことを理解することが重要であると言っています。

今の科学的手法では意識は解明できないと考える人たちのことをミステリアン(mysterian)というそうです。サールは、おそらくミステリアンの見解は正しい、しかし悲観的すぎると言っています。そして、神経生物学的なアプローチを取ることが正しいそうです。
神経生物学的なアプローチでは、まず意識と相関のある神経活動(NCC, Neural Correlates of Consciousness)を見つけ、第二段階で、その相関関係が因果的であるかどうかを調べ、第三段階で理論をつくる、という三段階のアプローチとることを提案しています。
また、この研究は2つの異なるグループに分けることができて、それぞれ「ビルディング・ブロック・アプローチ」、「統合野アプローチ」と呼ぶそうです。
「ビルディング・ブロック・アプローチ」は、意識野全体を独立した意識の構成単位から成ると考え、特定の意識体験に関するNCCを見つけようとします。ただ、このアプローチにはちょっとやっかいな性質(問題点)があるそうです。それは、無意識的な主体が知覚刺激などによってそのときのみ意識体験をもって、また無意識的になるということが論理的にはあり得るということです。
「統合野アプローチ」は、ある特定の意識経験に注目するのではなく、「そもそも脳はどうやって意識野全体を生み出すのか」と問うものだそうです。ただ、よくよく考えてみると、新しい意識を作り出すというよりは、先立って存在していた意識野を知覚入力などによって変化させると考えるほうが良いそうです。

この章の最後に、質的、主観的な状態という本来の意味での意識は、なぜか重要でない問題とされてきたが、そもそも意識があるからこそ、いろんなものごとが重要性をもつのではないかと強く語っています。


この章で、「意識野」という言葉が初めて使われていました。この言葉、実は説明なく使われていて、そういう場合は文脈から読み取るのが普通だと思いますが、意識の問題の場合は、どんなに簡単な用語でも、新しい言葉については何らかの説明が欲しかったりします。BaarsのGlobal Workspace理論なんかを思い浮かべればよいのでしょうかねえ。なんとなくわかるのですが、でもなんとなくしかわからないです。

神経生物学的な三段階のアプローチは順番通りにやる必要はないと思います。理論を考え、それを検証するために因果関係を調べるとか、それぞれの段階を相補的に行っていくことが重要だと思います。ただ、因果関係を調べるのは、相関関係を調べるより格段に難しいです。どこまでやっても相関関係以上のことが言えないかもしれないという可能性があるからです。でもNCCを見つけてから因果関係かどうかを検証するより、はじめから因果関係を見つけようとした方が良いと思います。第一段階でハズレばかり引いている可能性がありますからね。ハズレなのに、それとわからず因果関係を調べようとしていたら、迷宮に入り込んだも同然です。

私たちが望んでいるのはやはり理論です。とくに数理的な理論が欲しいです。しかし、意識には理論と呼べる理論がありません。そもそも本来的につくれるかどうかも定かではありません。ただ、この章で理論をつくる上で重要な制約条件が出てきたので、それに関してちょっとだけ絵空事を書いてみます。その条件とは「統合性」と「自己」です。意識の理論をつくる上で一番重要かもしれません。これはエネルギー保存の法則みたいなものだと思っています。エネルギー保存の法則は、ある系の中の物理量の総和が変化しないという単純な?ものですが、それによって対称性が生まれ、幾何学的な性質を考えることができます。つまり、理論が発展するのです。私はいつまでも私であり続け、ある統一された意識を持つ。これはある種の保存則が成り立っていると言えるのではないでしょうか。意識の問題でも同じように対称性を考えることができるなら、幾何学的構造を仮定し、その上で様々な意識体験を議論できるようになるのではないかと思っています。

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2006.07.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | マインド-心の哲学

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