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マインド-心の哲学8章

8章の題は「自由意志」です

自由意志はなぜ問題になるのかというと、私たちはふたつの矛盾した確信をもっているからだそうです。それは世界は決定論的に作用するという確信と私たちには自由意志があるという確信です。サールの言う自由意志は、決断と行為のあいだのギャップに基づいています。つまり、決断が必ずしも行為を導かない、そこに自由意志が介入してくる、と。

両立説は自由意志と決定論はともに正しいと主張します。両立説の見解では、すべての行為は決定されているが、自由な行為というものがあるそうです。そうした行為は確信とか推論などの内的な心理的過程によって決定されるらしいです。

「もし自由が現実的なものだとしたら、自由と決定論のギャップは神経生物学のレヴェルまで及んでくるはずである。しかし、そんなことがありえるのだろうか?」と述べています。そして次の二つの仮説について簡単な考察をしています。

仮説1ー決定論と機械的な脳
仮説2ー非決定論と量子論的な脳

仮説1は脳は機械と同じように完全に決定論的なシステムであるという説です。仮説2は神経生物学的な過程のそれぞれの段階は、次の段階を決めるのに十分ではないという説です。つまり、脳は基礎的なレヴェルで非決定論的であるということです。ただサールは「量子力学を自由意志の議論に導入するのはまったく見当外れだ」と言っています。量子力学はランダム性をもたらすが自由意志はランダムとは異なるし、もっと言えば、システムの要素が備える性質をシステム全体の性質として論じるのは間違っているから、だそうです。
仮説1に対するサールの唯一の異論は、人が自由と決定論のギャップを経験するとしたとき、仮説1はその経験を意味のない進化上の表現型に見せてしまうことにあるそうです。もし私たちの振る舞いがすべて決定論的、因果的な力によって完全に決定されているとしたら、もし自由意志は錯覚だとしたら、進化論的に見て自由がおいてこれほどまでに幅を利かせているのだろうか、と訝っています。

この章では、サールは自由意志に対する明確な主張をしていません。最後に、心と物理世界の関係とか、志向性といった問題が解けても「私たちに自由はあるか否か」という問いは残されるに違いないと言っているのみです。


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2006.08.10 | | Comments(0) | Trackback(0) | マインド-心の哲学

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