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マインド-心の哲学10章

今日は10章「知覚」です。9章「無意識と行動」はあまり興味を引かなかったので飛ばします。

人は物理的対象をあるがままに見ている。この説を素朴実在論と呼ぶ。多くの哲学者はこれは間違っていると考えた。その理由は、第一に、科学の論法を素朴実在論に対してとると、素朴実在論は物理学的な記述となり、素朴実在論そのものを否定してしまうからだ。第二に、私たちは感覚所件(sense data)を知覚しているのであって、物理的対象そのものを知覚しているのではない。どういうことかというと、ある物理的対象を見ることと、その物理的対象の幻覚を見るのとでは違いがないのだから、私たちはその物理的対象の見かけを知覚しているといってもよい。その見かけを感覚所件と名付けるというのである。この考えを推し進めたのが現象主義と呼ばれているもので、心的な現象以外(物理的対象)は存在しないという立場である。しかし、サールはこの感覚所件論は間違っていると言っている。サールによれば、素朴実在論は科学の論法をとっても矛盾を導かないし、感覚所件説は公的な対象というものを無視した独我論的な話だからだ。前者については、視覚経験を得てそれは科学的に記述できる。それだけのことで矛盾はない。後者については、私たちは物理的に同一の対象を知覚していると考える以外に、どうやって公的な言語で同じ対象について語ることができるというのか。素朴実在論が正しいと証明することはできないが、否定することに意味はない。

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2006.08.25 | | Comments(0) | Trackback(0) | マインド-心の哲学

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