スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | | スポンサー広告

世界の究極理論は存在するか 3問題と解決

3章では、1章で述べられていた科学とは良い説明を見いだすことであるということをふまえ、それに至る過程について書かれています。つまり、科学的な問題があってそれを解決する過程についてです。

まず、科学に対する帰納主義的な考えに対して批判を行っています。

科学的な知識は基本的に観測に基づいて得られる。とはいえ、観測は常に不完全だ。だから科学的推論は観測から論理的演算によって得られるものではない。その代わり、科学的推論を正当化する形式として帰納というものがある。帰納主義的理論は、観測を外挿または一般化して理論を作り、さらなる観測によって理論を正当化する。
しかし、この考え方は根本的に間違っている。最悪の間違いは、一般化された予測は新しい理論に等しいということである。さらに、観測を帰納的に外挿することで新しい理論を形成できるというのも間違いである。観測が予め説明的な枠組みのなかに置かれている場合にはじめて外挿が可能になるのだ。

そして、帰納に代わる説明を中心にすえた科学的発見の道筋について述べられています。

科学的推論と発見は、観測からはじまるのではなく常に問題からはじまるものだ。ここでいう問題とは、不適切で改良を試みるに値するように見える一組のアイデアのことである。問題があれば、憶測により新しい理論の草案が提案される。その草案は実験テストを含む批判にさらされる。ここで向けられる批判の大部分は、理論の予測に対してではなく、理論の根底にある説明に向けられる。もし既存の理論よりも新しい理論の方が支持されれば、新しい理論に置き換えられる。そして、これはまた新しい問題と解決過程の出発点となる。科学を行う目的は、永久に真だと見なされる理論を見いだすことではなく、今手に入る最良の理論を見いだすことなのである。


科学的発見の道筋については書かれていますが、その過程で最も鍵となる「より良い理論を提案する」方法については書かれていません。より良い理論を提案できる人が良い科学者に違いないとは思いますが、そのような人たちはいったいどのようにして科学的発見を行っているのでしょう?

スポンサーサイト

2006.12.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | 世界の究極理論は存在するか

コメント

コメントの投稿


秘密にする

«  | HOME |  »

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。