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模型は心を持ちうるか 1

ブライテンベルク著 "VEHICLES : EXPERIMENTS IN SYNTHETIC PSYCHOLOGY"の邦訳『模型は心を持ちうるか―人工知能・認知科学・脳生理学の焦点』を紹介する。もう既に古典と呼ばれる本かもしれない。だが心を機能的に理解したいと思っている人には一読の価値があると思う。

この本は2部構成になっている。1部ではモーターとセンサーがついた単純な模型で生物の行動を模倣させることを考える。徐々に新たなメカニズムを追加していって、より複雑な行動を模倣させていく。2部ではそのメカニズムの根拠となった神経科学、心理学的な知見を紹介する。結局、最後まで邦訳の題名に対する答えは載っていないが、心を理解するために欠かせない重要なアプローチが本書を通して書かれている。つまり構成的な方法である。

1部で登場する模型は1号から14号までの14種類である。1号はもっとも単純な模型で、ひとつのセンサーがひとつのモーターに接続されている。センサーが高い温度を感知すると前に進み、寒い場所では停止する。この模型を観測すると、暖かいところでは落ち着きなく動き回って、快適な寒い場所を見つけようとしているとみえるかもしれない。

2号はセンサーとモーターが2つずつ付いた模型である。2号aは左のモーターに左のセンサーが接続され、右のモーターに右のセンサーが接続されている。そのセンサーは光を感知し、光が強いほどモーターを速く回転させる。2号aの左側に光源があると、左側のモーターの方がより早く回転し、2号aは光源から遠ざかろうとする。
2号bは左のモーターに右のセンサーが接続され、右のモーターに左のセンサーが接続されている。2号aとは対照的に、2号bは光源にぶつかるまで近づいていく。2号aと2号bはどちらも光源が嫌いだがその対処の仕方が異なる。2号aは光源から逃げるが、2号bは光源を破壊しようとする。

このように模型を徐々に複雑にして、より生物らしい行動ができるように改良していく。その過程でこのアプローチについての哲学的な意見が書かれている。それは「登りの分析・下りの発明の法則 (law of uphill analysis and downhill invention)」である。何らかの行動をさせることができる機械を作ることは簡単であるが、それに比べ機械の振る舞いを観測してその内部構造を推測しようとすることははるかに難しいということである。

もうひとつの哲学的な分析は、われわれは生物の複雑な振る舞いを見て、きっと内部構造はとても複雑なんだろうと考えがちになるということである。「下りの発明」から非常に単純な仕組みで複雑な振る舞いを行わせることができるとわかるのである。


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2007.12.19 | | Comments(0) | Trackback(0) | その他の本

日経サイエンス2007年11月号

日経サイエンス2007年11月号から二つ紹介。

まずは「サメの第六感 獲物をとらえる電気感覚」という記事について。
サメの口の周りには周囲の電場を感じ取れる器官があって、この感覚器により獲物を捕らえるそうです。魚の体と海水ではイオン濃度が違うため、魚は周囲に弱い電場を作り出しています。サメは獲物までの距離が1メートル以内に近づくと、その獲物の出す電場をもとにその位置を把握し食らいつくそうです。
なぜ視覚を使わないのかと思いましたが、1メートル以上近づくとサメの眼と口の構造上、獲物の位置が見えにくくなるか、全く見えなくなるのでしょう。いろんな感覚器が存在するのですね。

「もし人類が消えたら地球は?」がこの号では最も面白かったです。Scientific Americanの記者がアリゾナ大学のワイズマン准教授("The World without Us"の著者。 邦訳は来週発売予定)にインタビューして作成された記事です。人類消滅から7日で原子炉の炉心融解が起こり、5年後には雷による火災でニューヨークの大部分が燃え尽きるかもしれないそうです。
人類がいなくなったあとの勝ち組は、ビルや電線にぶつからなくなった鳥類、駆除されることがなくなった蚊、繁殖力の旺盛な樹木だそうです。また、負け組は、人類の出すゴミがなくなっために飢え死にするネズミ、冬を生き延びるための暖房が無くなったゴキブリなどだそうです。
10万年後にようやく二酸化炭素濃度が産業革命以前のレベルに戻り、プラスチックの一部は数十万年たってもそのままかもしれないそうです。ワイズマン准教授によれば人類がいなくなったあとを想定することで、環境問題について別の視点から考察できるかもしれないとのことです。
原子炉というのは常にメンテナンスしていないといけない代物なのですね。またネズミやゴキブリはほとんど人間の生活に依存していることもわかりました。

2007.10.25 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

チャチャチャ理論

8月10日のサイエンスにThe Cha-Cha-Cha- Theory of Science Discoveryという記事がありました。科学的発見はCharge, Challenge, Chanceの3種類に分けられるという話です。

Charge:現象は明らかだがそれを説明する方法がわからない問題を解いた
Challenge:つじつまの合わないことをまとめて新しい理論で説明した
Chance:だれも気づかなかったことに気づき、その重要性を説いた

Chargeの一例は万有引力の法則を発見したニュートンだそうです。物が落ちるということは皆知っていましたが、2つの物体間に重力という力が働くということはニュートンがはじめて言ったことです。Challengeの例にはアインシュタインによる特殊相対性理論、Chanceの例にはパスツールによる嫌気性細菌の発見などがあげられています。

また、多くの重要な科学的問題はひとつの発見によって解決されたわけではないそうです。重要な科学的発見をするためには、多くの独創的な発見と問題を解決するまで固執し続ける姿勢が要求されるといいます。例えば、ニュートンは万有引力の法則を完成させるに先立ってまず運動の法則をプリンキピアにまとめました。

そして、大きな発見のためには心構え (prepared mind)が必要だそうです。その心構えとは、問題に対する好奇心と、問題に関するたくさんの知識のことだそうです。


意識の問題は、意識そのものはだれにとっても最も身近なものなので、Chargeに分類されるのでしょうか。とはいえ、その問題を解くための基盤となるだろう脳に関する理論はまだ未整理な状態なので、Challengeに分類される研究も不可欠でしょう。さらに今ある知見だけからより良い脳の理論を構築しようとしても部品が足りなくなるでしょうから、Chanceに分類される研究も必要になると思います。

2007.08.24 | | Comments(2) | Trackback(0) | 論文の紹介

順列都市

グレッグ・イーガンのSF小説『順列都市』を読みました。

この小説は、人体を高解像度でスキャンしてコンピュータ上に再現できるようになった時代を描いています。コンピュータ上に再現された人は「コピー」と呼ばれ、コピーにも現実の人物と同じような意識が存在します。小説のストーリーについてはいろいろなサイトで紹介されているので省きますが、私が昔から疑問に思っていることの一つがこの「コピー」です。

主人公の一人であるソフトウェア・デザイナー 兼 人工生命研究者のマリアは、自分をコピーする際に自分の腕にマーカーペンで印をつけ、その印だけをスキャナが読み込まないようにしました。つまり、現実のマリアには印があり、コピーには印がないようにしたのです。物理世界のマリアはスキャン後目が覚めたときに自分の腕に印があることを確認して安心します。一方、コピーのマリアは印がないことに愕然とします。

私の疑問は「私がコピーされたときにいったいどちらの私として目を覚ますのか」ということです。現実世界の自分として目を覚ますのでしょうか?では私がコピーだっとしてそれをさらにコピーしたらどちらのコピーとして私は目を覚ますのでしょうか? どちらのコピーも私として目を覚ますのでしょうか。確率1/2でどちらかになるのでしょうか? または「心のコピー」など不可能なのでしょうか。そもそもこの問い自体が間違っているのでしょうか。

今はただの思考実験でしかなくても、将来、もし意識をもつソフトフェアが現れたら、(倫理的な問題が生じるかもしれませんが)検証可能となるでしょう。

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2007.06.30 | | Comments(1) | Trackback(0) | 雑記

「動玉箱の中でなにがなにを?」? 続き

前回に引き続き、ダグラス・ホフスタッター著『メタマジカル・ゲーム』の25章「動玉箱の中でなにがなにを?」を取り上げます。前回は、亀がアキレスに「私」とか「自己」とかを説明するために、動玉箱、シムボール、心震計など導入したことを書きました。今回はいよいよ「私」を生み出すシステムについての亀の説明を紹介します。

アキレス:どの人がその動玉箱に「なる」んだろう?どの動玉箱がある与えられた魂をもつようになるんだろうか?
亀:どうやら君は空中に魂を集めた檻が浮かんでいて、新しい頭あるいは動玉箱が生まれるごとに神様がそこから魂を一つずつ取りだして、それをその動玉箱や頭に吹き込むといったイメージを思い描いているようだね。



亀によればアキレスの考え方は逆さまだという。

アキレス:うーん、動玉箱内の玉の塊や、さらにはニューロン発火の集まりでも、どこからそれらに「自分」という感覚が生じるかがわからないんだ。物理的対象を「存在」とならしめるには「炎」が必要なんだよ。
亀:それぞれの火の自己同一性を規定するのはそれをともした炎ではなくて、燃料の材料だ。



亀の「私」についての説明:
動玉箱をある誰かにするなんらかの決定があるのではなく、動玉箱があるが故にそこに特定の誰かが生じる。動玉箱がどの誰かになるのはその構造、とくに自分自身を内部に表現する仕方に依存する。自分自身を整合的な行為者として見ることで、また、独自の自我の感覚を十分に作り上げることによって、誰かを作り上げる。時間が経過して自分の構成要素が変化しても、自分を同一な自己と見なす能力によって、完璧な誰かとなる。
観測者がある対象(有機体)を理性に基づいて行動する整合的な存在と見ることを、その対象に対して「志向的立場をとる」と呼ぶ。自分自身を理解する最も良い方法は、自分自身に欲求とか信念とかを帰属させることであり、これは自分自身に対して「志向的立場をとる」ということであるのでこれを「自己志向的立場をとる」という。有機体が一度、自己志向的立場をとると、何度も自分自身の表現を繰り返すようになり、自己同一性の幻想が強化され、固定化される。幻想が固定化されシステムの一部になってしまえば、それを参照せずには自分自身を説明できなくなり、もはや幻想ではなくなる。

亀:本当に大切なのは、「私性」を支えるのは「一つの機構」だけだということなんだ。つまり、システム自体の複雑な表現が、世界のその他の部分の表現となって循環するっていうことさ。



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2007.05.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | その他の本

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